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2013年6月10日月曜日

【雑記】とある、ブロガーさんに触発されて。

お久しぶりです。天瀬です。

ペンネームは天瀬です。 ”天”(空、星、希望、夢......などの象徴?) ”瀬”(川、水、海へと続く一つの段階、激流、昆虫や川魚たちの食糧を提供する場所.....)

一応、苗字だけではなく、名前もしっかり考えてあって、

”仁”(道徳の一つで、他者に対する情の厚さを意味する漢字)



この3つの字を合わせて 天瀬 仁 (アマセ ジン) というペンネームで、このブログを書いています。


■

とある、ブロガーさんに誘発されて。 という題名を付けていますが、

その方は、”言葉を掻く” という表現を、ブログ内で使用されていて、

その”掻く”を見つけるために、PCで変換していたら、変換の候補の下の方にあって、詳しく調べ見ると、


「掻く」


[動カ五(四)]
1 指先やつめ、またはそれに似たもので物の表面を強くこする。「かゆい所を―・く」2 手やそれに似たものであたり一帯にある物を引き寄せたり押しのけたりする。「雪を―・く」「手で水を―・いて進む」3 刃物を手前に引いて切り取る。「寝首を―・く」4 刃物を押し当てて細かく削りとる。「氷を―・く」「かつおぶしを―・く」5 箸(はし)などですばやく混ぜ合わせて粘液状の物にする。「からしを―・く」6 犂(すき)などで田畑を耕す。「苗代を―・く」7 あまり好ましくないものを表面にだす。恥などを身に受ける。「赤っ恥を―・く」涙や汗などをからだの外に出す。「寝汗を―・く」「べそを―・く」いびきを立てる。「高いびきを―・く」8 「…する」をののしっていう語。「欲を―・くな」9 琴などの弦をつめなどではじくようにする。掻き鳴らす。「ただ少し―・き出でたる、大殿(おとど)のうちひびきみちていみじきを」〈宇津保・俊蔭〉10 指先を物に食い込ませるようにしてつかまる。とりすがる。「梯(はし)立ての倉椅(くらはし)山を嶮(さが)しみと岩―・きかねてわが手取らすも」〈記・下〉11 髪をくしけずる。「目に髪のおほへるを―・きはやらで」〈枕・一五一〉12 飯などを急いで食べる。かっこむ。「猫殿、ただ―・き給え」〈盛衰記・三三〉13 手を振って合図する。「『あなかま』と、手―・くものから」〈源・夕顔〉



(コトバンクより引用→引用元【http://kotobank.jp/word/%E6%8E%BB%E3%81%8F】)

が、見つかりました。”言葉を掻く”という書き方は、おそらく、


「手やそれに近いもので、言葉を引き寄せる。」

という解釈が正しいのではないかと思いますが、そのブログでは、海に潜って~ という話が出ていたので、僕としては

「海の中(生命の源)、に潜って、先代たち(あるいは、これから生まれてくる生命たち)の言葉を掻く(引き寄せる)」

という風に感じたのです。

物凄く素敵な表現だと感じて、その方のブログをたまに覗いているのですが、本当に毎回「おぉ!!」と驚かされる事ばかりで、「僕はまだまだ勉強不足だな」と実感している毎日です。

■

ただ、僕自身は男性で負けず嫌いな性格もあって、このままだと、終われないし終わりたくないのです。(注:この記事の中での話です。

なので、少し僕自身もアピールしておきます(笑)


部屋が狭いため、少し本は売り捌いてしまいました....。

「言葉は”生き物”です。使わないとどんどん排出されていきます。排出された言葉はまた、身体に取り込まないと、いけないのです。」

と説いた現代文の先生の言葉は今でも忘れることはありません。



高校を卒業して、大学も卒業して、社会人として生き抜かなければならない今の僕にとっては、思い出の一つでしかありませんが、

「高校の時の自分と、今の自分は何一つとして成長できていない気がする。」

と実感する毎日です。


■最後に

ぼくらは、

たけのこ。

あめのひも、ゆきのひも、かぜがふいても、

あらしのよるも、ひとりぼっちのよるも。

ぼくらは、

たけのこ。

いずれは、りっぱなたけにせいちょうして、

それでもなお、そらをめざしつづける。

ぼくらは

たけのこ。

2013年5月5日日曜日

青い風に導かれるままに。

おはようございます。こんにちは。こんばんは。

このブログを何処の誰がいつ読んでくれるか分からないので、挨拶は全部書いておきます。

■

世間的にはゴールデンウィーク。こどもの日。5月5日ですが、今の僕にとっては普通の一日でした。

ですが、その普通の一日の中で発見があったので、忘れないようにブログに残しておきます。

■

色々なアニメ、漫画、音楽.....様々な文化に触れてきましたが、

青色の髪をした女性の作品が好きなようです。

『新世紀エヴァンゲリオン』『交響詩篇エウレカセブン』

文化と書いたのは、「もし、女性をデートに誘うならどこに行きたいか」と聞かれたら「水族館か、映画館か、プラネタリウム」を選びます。

●水族館は青い色。海。生命の始まり。水。

●映画館は黒い色。大きなスクリーンで物語を堪能できる場所。

●プラネタリウムは宇宙の神秘を感じさせてくれる場所。

この3つに関連する作品も好きなようです。

『東のエデン』、『機動戦士ガンダム』、『輪るピングドラム』

■

好きなテレビ番組は、 NHK Eテレ テレ東。 この3つのチャンネルが小学校、中学校時代の好きな曲でした。 

デジタル放送に変化して、今まで使い慣れてたリモコンのチャンネル番号(1ちゃん、3ちゃん、12ちゃん)

が変わってしまったのは寂しいです。

本当に寂しい。

■

さて、寂しい話で終わるのもどうかと思うので、明るい話題を一つ書いて、今日のブログは終わります。

良く行くSEGA系列のゲームセンターで...あ、今思えばSEGAも青い色ですね!

バーチャファイター5FSをプレイしてきたのですが、そのゲームセンターが30周年ということで、フリープレイでした。何と良心的な。

ずっとやってました。強い人は強いですね。勝てる気がしない。

葉隠流柔術をもっと磨かなければ!

また、描きたい事が決まったら、ブログ更新します。


2013年4月14日日曜日

お久しぶりです。

天瀬です。

Google+で色々と交流が増え、twitterやlineも消すに消せないので、ネット上でのコミュニケーション(何か良い言葉ないかな?)で時間を消化してる日々に生きてます。

今日は暖かいですね。身体を動かすと、少し汗ばむくらいの暖かさです。

昨日の夜は「寒いなー」と思いながらベッドに入ったので、体調管理が難しいですね。

さてさて、新緑の季節にふさわしい映画が間もなく公開されます。

「秒速5センチメートル」を手がけた新海誠監督の新作「言の葉の庭」



僕がこの方の作品に出会ったのは、高校2年生の初夏でした。「秒速5センチメートル」という作品を始めてみて「なにこれ。凄い!」と思って、飯食う事も忘れてひたすら画面を見つめていました。


素晴らしい作品だと思いました。当時付き合っていた子が居て、今は別々の道を歩んでいるのですが、この作品のように、いつかまた会えればいいなと思います。当時、この作品を真に理解していませんでした。大学生だったのに、心は成長していませんでした。

遊戯王カードと、初めての彼女という事だけが、頭の中や胸の中を満たしていて、「彼女に連絡したい。」「今何してるんだろう」っていうのをずっと思っていました。

学部が違っていたので、講義中は会えず、僕は法学部の勉強、彼女は彼女の学部の勉強に取り組んでいました。何か支えになれることは無いのだろうか?と悩み、彼女が読んでいる本を教えて貰っては、その本を図書館や書店で手に取り、眺めていました。

うちの大学の法学部の試験方式が、中学や高校のときの「期末試験」と似たような形式をとっていたので、セメスターの終わりが近づくと勉強に取り組んでいました。

法学部という、高校までに習ったものとは少し離れた分野の知識を取り入れるために、無我夢中で取り組みました。

彼女は、レポートが成績評価の対象になるので、レポートを書く事に集中していました。

■

僕の家は、両親ともに公務員で、大学3年までのアルバイトも役所の臨時職員として働いていました。

父親が、精神疾患になり(それが、大学3年生の冬~大学4年の春)の事でした。精神疾患から、暴力的になり、警察を毎日家に呼びました。公的機関で利用できるものは利用しました。しかし、「家庭の事情ですからねー。」という悲しい言葉を毎日聞かされました。

その後、僕自身も耐え切れず、アルバイトを辞め、学校に行く気も失せ、部屋に籠るという時期がありました。

今は、コンビニで働いて、今まで見てなかった”民間”の知識を吸収しています。

両親が公務員だったからといって、公務員が良いという安直な発想は少し変えたい。

民間に目を向ける!もちろん、日々勉強なので、google+やtwitterなどのSNSを通じて、色々な知識を一日一個でも見つけたいと思ってます。

■

さてさて、長くなってしまいましたが、一つ書き残しておきたい詩があったのです。

春眠暁を覚えず

↑の詩は、唐の詩人、孟浩然が残した詩です。

「春は気持ちが良いので、日が上っている事も忘れて、寝ていた。」 という意味です。

いつの時代も人間って変わらないですね(笑)

■

では、また今度。 天瀬でした。

2013年3月21日木曜日

【雑記】科学の進歩。


携帯電話でも十二分に便利なのに、今ではスマートフォンが人気だ。

そのスマートフォンも、どんどん新しくそして便利なものが登場している。

■スマートフォンであるメリット
携帯電話の機能(つまり、電話番号を打って電話をかける。Eメールを送信する)が、スマートフォンでは利用できる。

では、スマートフォンとは何か。意外と勘違いしている人が多いことに気が付いたので、説明。

iphone も、大きな分類でいえばスマートフォンに属される。

が、社会的には、iphone と呼ばれる事が多い。使ってる人口が多いので仕方がない。

iphoneは、アップル社が作った物で、それももともと発祥はアメリカ(だった気がする)

他の各企業は、iphoneに対抗すべく(という言い方は失礼か)、スマートフォンの製作を始めた。

天瀬が使っているのは、ISW11F(ARROWS Z)

天瀬自身としては、神機種だと思ってます。

iphoneを否定するわけではないですが、iphoneはバッテリー交換ができません。

使えるアプリの数は多いですが、それもイタチごっこです。デザインが綺麗なのでiphoneは良いですよね。

カスタムアイテムも豊富なので、使用者の個性を最大限に発揮できます。


■迷惑メールで困ってる人。

無料のアプリを取るということは、そこで契約が生じてます。○○社の××ってアプリケーションを取れば、○○社は宣伝を兼ねて、
○○社のメールを送ります。それを迷惑メールと取るか、「あ、コレ良いな!」と思うかは使ってる本人次第。

迷惑メールだと思えば、本人の端末や使ってるメールアプリ内で迷惑メールタグをつけておけばいいだけの話です。


■SNSとは。

twitterもfacebookも「SNS(ソーシャルネットワークサービス)」の一つに当たります。

→SNSって何よ?
人と人とのつながりを促進・サポートする、コミュニティ型のWEBサイトの総称を指す言葉です。

mixiもSNSの一つです。サービスの形状は違いますが、skypeやlineでも同じような事が出来るようになりました。

■では何を選ぶのが良いのか。

人それぞれライフスタイルに合わせて選択すればいいと思います。

facebookはアメリカで開発されたSNSで、基本的に実名で顔写真登録をしてコミュニケーションをとるツールです。
アメリカは領土が広いので、友人に会うというだけでも車で2時間かかるという事がザラにあるようです。
そのため、遠く離れた友人とのコミュニケーションの円滑化を図るためにfacebookは生まれました。

=要約すると、「日本人向けではないサービス」ですね。

twitterは140字という限られた文字を送信できるサービスです。これも発祥は日本ではないのですが、
ハンドルネームを使える所、セキュリティーの安全性などを考慮すると、日本人もとっつきやすいサービスです。

mixiとは違い、いちいち「マイミクになってください!」的なのをしなくて良いので、自分好みにアレンジして使える
自由度もあると思います。あと、イイネとかそういうのも無いので、「イイネされたから何かコメントしなきゃな。」的に
追われる気持ちも無いです。

■結論
とりあえず、使ってみて自分で何が合ってるかを選ぶのが一番いいと思う。
あとは、周りの人が何を使ってるかを聞いて、それに合わせるのも良いと思う。一人だけ別のSNS利用してると、
面倒くさいなーって(自分自身が)思うようになるからさ。

2013年3月9日土曜日

次読みたい作家決まりました。

川上弘美さんの作品を読みたいです。

全ては、原点の作品を読むところから始めたいので、「神様」を借りてみようと思います。

本当は、「小川項」名義の『累累』(ルイルイ?)を読んでみたいのですが、流石に無いと思うので、『神様』を読むことにします。

この方に出会ったのは、今日(2013/03/09)の朝08:00からNHKラジオで流れている番組内で、『花野』の朗読をしていたことで知りました。

表現が豊かで素晴らしい作品でした。もともとの作品が素晴らしい上に、朗読+耳障りでないやわらかい音楽がより、『花野』の世界観を惹き立てているように思えました。


■天瀬の個人的な話。

140字のtwitterだと伝えきれず、かといって無限に書けるブログだと広すぎる。

画面文字で埋めると天瀬自身が達成感得られるので限界ぎりぎりまで書きたい人なのですが、ブログだと埋まらん。

twitterだと足らん。

人間、欲が出ると良い事ないので考えないことにします。なんとなく思ってたことなので。


twitterにはツイッターの存在意義、ブログにはブログの存在意義、他のSNSにも存在意義はあります。

でも、ブログって一つの記事で完結することも、ばらばらに書くことも、昔書いた記事の続編を書くこともできて素晴らしいと思うのです。twitterでもやろうと思えばやれるんですけど、気になった人がプロフィールからつぶやき見ないといけないので、ひと手間を与えてしまうんですよね。

と、書いてるうちに画面が文字で埋まったのでこの辺で。

2013年2月26日火曜日

交響詩篇



深層心理学においては、無意識の働きを意識的に把握するための夢分析という研究分野がある。

夢分析の古典としてはジークムント・フロイトの研究、あるいはカール・ユングの研究が広く知られている。そこでは夢の中の事物は、何かを象徴するものとして位置づけられている。これらは神経症の治療という臨床的立場から発展しており、夢分析は心理的側面からの神経症の治療を目的とした精神分析のための手法の一つである[6]。

フロイトは『夢判断』で、人が体験する夢を manifest dream(顕在夢)と呼び、それは無意識的に抑圧された幼児期由来の願望と、この願望と結びついた昼間の体験の残滓からなる夢のlatent thought(潜在思考)が、検閲を受けつつdream work(夢の仕事)によって加工され歪曲されて現れたものだ、とした[7][8]。

ただし、フロイトによる夢分析に限ると、性的な事象に紐付けられた説明があまりに多く、そのまま現代人や日本人に適用するのは無理がある、とする説も多い(例えば、銃が男性器を、果実が女性器を、動物が性欲や性行為を象徴するなどとされたりした。これには、当時の禁欲的な世相が反映されているとする説や、フロイト自身が抑圧された性的願望を抱いていたために偏った解釈をしているとみる説が多い)。

カール・ユングは、夢は、意識的な洞察よりもすぐれた智慧をあらわす能力があるとし[3]、夢は基本的に宗教的な現象だとした[3]。ユングによると、人間の無意識のさらに深い領域には全人類に共有されている集合的無意識があり、古代から継承されたアーキタイプ(元型)が宗教・神話・夢といった象徴の形で現れる[3]とされる。

エーリッヒ・フロムは、象徴というのは人類がかつて使っていた言語だが現代人はそれを忘れてしまっているのであって、夢というのはその象徴という言語で語られる無意識の経験であるとし[3]、象徴の解釈によりその真の意味を理解することが可能だとする[3][9]。

現在では夢分析も改良され、広く現代人の実情を考慮した分析が多い。自分で自分の夢分析をするためのガイドブックや事典なども出版されており、何がしらの自己分析・自己発見の役に立つことも多いようである。

ウィキペディア(2013/02/25 夢とはより引用)

これでやっと理解できた。『劇場版エウレカセブンポケットが虹でいっぱい』の真の意図が。

2013年2月12日火曜日

生活を一新してみる。

おはよう、こんにちは、こんばんは。

初めての人は初めまして、前から私の事を知っている人は有難う。

SNSの浸透によって、情報の提供形態が大きく変化しました。

10年前と今を考えるだけで、一体どれ程のものが便利になったのだろう。しかし、新しいものを作る(始める)には、古くなったものを捨てなければなりません。それは、モノに限らずココロも同じだと私は想う。

・・・続きはまたあとで。